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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)3793号 判決 1960年5月28日

東京都杉並区久我山二丁目五八七番地

原告 大熊誠一

右訴訟代理人弁護士 小川利明

東京都杉並区久我山二丁目五八八番地

被告 寺田竹男

右訴訟代理人弁護士 山崎保一

同 松浦勇

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(原告の申立)

被告は原告に対し別紙目録記載の建物を収去して、同目録記載の土地を明渡し、且昭和二八年一一月一日以降右明渡済に至る迄一月金一、〇六八円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(請求原因)

(一)  別紙目録記載の土地は原告の所有である。

(二)  原告は被告に対し、右土地を昭和二二年一一月一日左記条項の下に賃貸した。

1、賃貸借の目的を普通建物所有とする。

2、賃貸期間を昭和四二年一一月一日迄とする。

3、賃料は一月金二四〇円とする。(但し昭和二八年一月一日以降は金一、〇六八円となつた)

4、賃借地内の建物を増築又は改築するときは、原告の承諾を受くべきこと。

5、被告が本契約に違反したときは、原告は何らの催告を要せずして解約し得ること。

(三)  而して被告は右地上に建坪一五坪五合の木造瓦葺平家建の家屋を建築所有していたが、その後(昭和二八年一〇月前)原告の承諾を受けないで、右家屋を建坪二七坪五合に増築した。然し原告は右程度の増築はやむを得ないものとしてこれを黙認していた。

(四)  すると被告は昭和二八年一〇月初原告に無断で建築材料を搬入し、賃借地の空地にコンクリート基礎工事をなし、増築工事に着手したが、原告の異議により、被告は右工事を取止めた。

(五)  次で被告は昭和三三年一二月中旬三度原告の承諾を受けないで増築に着手し、建坪二七坪五合を約三七坪に増築し、又これに約一二坪五合の二階を附加し、延坪に於て二二坪の建増しとなつた。

よつて原告は昭和三三年一二月二三日被告に対し同月二五日着の書面を以て契約違反を理由として賃貸借契約を解除した。

(六)  よつて被告に対し本件建物の収去、土地明渡と解除の日の翌日以降土地明渡済迄の地代相当の損害金の支払を求めるため本訴訟に及んだ。

(七)  なお被告の反対主張事実中、被告の職業、同居家族(但し母を除く)の点は認める。

(八)  然し家族の増加成長があつても第一回の昭和二八年一〇月前の増築(これにより建坪二七坪五合となつた)により間にあつたものであり、それ故原告もこの時は黙認した。然るに被告はその後更に原告の反対するのにも拘らず増築したものであつて、原告に対する著しい不信行為である。

(九)  借地上の建物の自由な増改築は将来期間満了により借地権消滅の場合、建物の買取につき多額の支出を余儀なくされるか、契約更新の承諾を余儀なくされる不利益を蒙るわけであつて、それ故増改築禁止の特約は大審院判例によりこれを有効とされている。(昭和五、四、五・昭和一三、六、二一)

(被告の申立)

原告の請求を棄却する、

訴訟費用は原告の負担とする、

(答弁事実)

(一)  原告主張の請求原因中(一)乃至(五)の事実はこれを認める、但し賃貸借契約の特約の5項を否認する。

(二)  然しながら元来普通建物所有を目的として借地契約がなされたときは、その土地を普通建物所有の目的で使用する限り、借主はその建物につき必要な増築をなし、或は改築をなすことは、原則として自由であるべきであり、借地契約は当然かかる自由を含むものと考えるべきである。従つてかかる自由を制限する特約があつても、それは借地契約の本来の目的、当然の内容に対する不当な制限であるといわねばならない。

(三)  殊に被告が原告より本件土地を借地した昭和二二年一一月一日当時は終戦直後のことで、当時建築制限令等により、建物の建築面積、構造等に制限があり、又建築資材はすべて統制を受けて入手の極めて困難な情況にあつたので、かかる制限の下に被告はともかく居住可能な程度の建物を建てたもので、その後社会事情や経済事情が回復するに伴い、又被告家族の成長増加等により、将来普通の建物を建築し或は増築することが当然予想されていたものである。

而して現在右建物に同居中の被告の家族は、被告本人のほか、妻美鶴子、長女美保子(二一歳、女子美術大学三年在学中)、次女邦美(一八歳、学生)、長男真(一歳)、女中英子、母の七人であつて、本件建物の階下板敷間三、二五坪を夫婦子供の寝室、板敷間四坪を食堂兼居間、板敷間五坪を応接間、寝室約四坪を子供の勉強部屋及び寝室、板敷間二、二五坪を女中部屋、二階をアトリヱとして夫々使用しているもので、被告は画家なのでアトリヱは絶体必要のものである。

(四)  前記の通り事情の異なる時代に建てられた建物を当時既に予想されていた普通建物に増改築するについて、賃貸人たる原告の承諾を要するとするのは、借地人に対し一方的に故なき不利益を押しつけることであり、権利の濫用であり、或いは増改築制限の特約は事情の変更により消滅したと言うべきである。

理由

原告主張の請求原因(一)乃至(五)の事実は当事者間に争いがない。

(但し契約違反の場合催告を要せずして契約解除できる旨の特約を結んだとの点を除く)

そこで、普通建物所有を目的とする土地賃貸借契約に於て、「賃借地内の建物を増築又は改築するときは賃貸人の承諾を受くべきこと」を特約した場合右の特約(以下増改築禁止の特約と略称する)の効力について調べてみる。

普通建物所有のための土地賃貸借と言つても、その中には特殊の事情の存する場合が考えられるから、前記の特約を一概に無効と言いきるわけには行かない。然し借地人は二十年乃至三十年の長い間賃借地上に普通建物を所有しうる権利があり、賃貸人は賃借人が右のように賃借地を使用するについて支障なからしめる義務があるのであるから、前記特約は多かれ少かれ右の法律関係に背反するものであることを否定しえない。従つて概して宅地賃貸借の法律関係に矛盾する前記特約は、特にさような特約を必要とする合理的理由の存する場合に限つて有効として、その適用を見、それ以外の場合は該特約の発動は許されぬものと解すべきである。其故賃借人が該特約に再三違反したとしても、それが何れも該特約の発動を許されない場合であるとしたら、賃借人に再三の不信行為があるとして賃貸借契約を解除することも許されない筋合である。

原告は、借地内の自由な増改築は将来期間満了により借地権消滅の場合、賃貸人が建物の買取りにつき多額の支出を余儀なくされるか、契約更新を余儀なくされる不利益を蒙むると主張するが、かかる不利益の防止は前記増改築禁止の特約を有効ならしめる合理的理由とは解しがたい。

けだし借地法第七条によると、借地上の建物が滅失した場合賃借人は賃貸人の意向いかんに拘らず建物(普通建物所有のための賃貸借であれば堅固の建物の新築は許されないが、普通建物である限り賃貸人の承諾は不要)、を新築でき、賃貸人はこの新築を禁止することはできない。

而して借地法第七条の滅失には、自然的滅失のほか人工的滅失をも含むと解せられるから、全面的改築もこの中に含まれ、賃貸人はこれを禁止できないし、又新築される建物が旧建物と同等以下でなければならない制限もないから、賃借人が、従前より大きな建物を建築しだしたからと言つて、賃貸人はその建築を止めることもできない。

そうだとすれば、一部減失の場合=賃借人が建物の一部を取りこわして増築した場合=賃貸借期間延長の効果が生ずるかどうかは別として、賃貸人が右の増築を禁止できると解することは彼此権衝を失するし、この理は単なる増築の場合にも異ならないであろう。

従つて原告の主張するような不利益防止手段としての増改築禁止の特約は借地法第十一条に違反し無効と謂うべきである。

飜えつて、本件を見ると、前記増改築禁止の特約の適用を合理的ならしめる事情は原告より主張されていない。却つて弁論の全趣旨に照すと、本件賃貸借契約は昭和二二年一一月締結され、被告はその頃建築資材の乏しい時代に建坪十五坪余の建物を建てて後、昭和二八年一〇月迄に増築して建坪二七坪五合となつたが、家人の成長増加、社会状勢の変遷に伴い昭和三三年(賃貸借期間は昭和四二年一一月迄であるから、期間満了迄には九年間を残している)更に増築して階下を約九坪を増やし、二階約一二坪を新に設けたものである。然し被告は画家であるからアトリヱとして相当の広さの室を必要とすることは肯かれるし、家人として妻、母(弁論の全趣旨に照らし母も同居するものと認められる)長男一歳、長女二一歳美術大学、次女一八歳学生、女中の七人の世帯員であることに鑑みれば、被告の再度の増築を以て不必要のものと断定しさるわけには行かない。

以上の次第で被告は再度無断増築をしたけれども、これに対し前記特約の発動を合理的ならしめる事由が認められないから、その特約の適用は肯認できないところであつて、従つて右特約違反を理由として賃貸借契約を解除することも許されぬところである。

よつて原告の請求はこれを認容できないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 室伏壮一郎)

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